今日の紅葉(11/21)②
2004年 11月 22日
今日(11/21)の京都の紅葉めぐり。
2箇所目は、同じく鷹ヶ峯にある光悦寺です。
山門から細く下っていく禅寺を思わせるような(当寺は日蓮宗門下)参道では、
多くの観光客がカメラを構えていました。
当寺は、本阿弥光悦が祖先の霊を弔うための礼拝所を建てた物が、
光悦の死後に寺となったもので、光悦自身の墓もあります。
また、光悦が最晩年を過ごした茶室 大虚庵の在った地でもあります。
これ何なんでしょう?
入園してすぐのところにあったものですが、由来を確認できませんでした。
なんかの礎石にしては形が変ですし、なんとなく『えな塚』に似てるようにも思います。
こちらの池は、光悦生前の頃からあるものと言われています。
ごく自然なままの有様を残した閑寂な風景の中に、移り行く四季の早さを感じます。
光悦が終焉の地と選んだのが、茶室 大虚庵でした。
その庵は、死後まもなく廃れてしまったのですが、大正年間に復興されました。
その"2代目"大虚庵を取り囲む独特の意匠を持ったコチラの竹垣を、
特に『光悦垣』と言います。今では日本中のいろんな庭で見ることができるので
『なんや、フツーやん!』って思いますが、そもそもの発祥は光悦だと言うことです。
後ろに見える丸い山は、『鷲ヶ峰』と呼ばれています。
マルの家は、ちょうどこの山の反対側になります。
今日はスタートが遅めだったので、当寺に入った途端に日が鷲ヶ峰の彼方に
沈んでしまい、全体的に暗い写真になってしまったのが残念でした。
2箇所目は、同じく鷹ヶ峯にある光悦寺です。
山門から細く下っていく禅寺を思わせるような(当寺は日蓮宗門下)参道では、
多くの観光客がカメラを構えていました。
当寺は、本阿弥光悦が祖先の霊を弔うための礼拝所を建てた物が、
光悦の死後に寺となったもので、光悦自身の墓もあります。
また、光悦が最晩年を過ごした茶室 大虚庵の在った地でもあります。
これ何なんでしょう?
入園してすぐのところにあったものですが、由来を確認できませんでした。
なんかの礎石にしては形が変ですし、なんとなく『えな塚』に似てるようにも思います。
こちらの池は、光悦生前の頃からあるものと言われています。
ごく自然なままの有様を残した閑寂な風景の中に、移り行く四季の早さを感じます。
光悦が終焉の地と選んだのが、茶室 大虚庵でした。
その庵は、死後まもなく廃れてしまったのですが、大正年間に復興されました。
その"2代目"大虚庵を取り囲む独特の意匠を持ったコチラの竹垣を、
特に『光悦垣』と言います。今では日本中のいろんな庭で見ることができるので
『なんや、フツーやん!』って思いますが、そもそもの発祥は光悦だと言うことです。
後ろに見える丸い山は、『鷲ヶ峰』と呼ばれています。
マルの家は、ちょうどこの山の反対側になります。
今日はスタートが遅めだったので、当寺に入った途端に日が鷲ヶ峰の彼方に
沈んでしまい、全体的に暗い写真になってしまったのが残念でした。
by maru_kyo
| 2004-11-22 02:54
| 京の紅葉(京都もの)