桜餅に恋をして        『ホゥ...』


by maru_kyo
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お地蔵さん1

5.15直前応援投稿

田舎の町はもちろん、都会の片隅にもポツンとその姿を表し、
私たち、日本人にとって、最も親しみ深い『仏さん』とも言えるお地蔵さん。

では、どうしてお地蔵さんは、これほどまでに私たちの信仰を
集めるまでになったのでしょう?

それをお話する前に、こんなコトからお話します。

いわゆるお地蔵さんは、一般的には『地蔵菩薩』の石像です。
この仏さん、”地蔵”が名前で、”菩薩”が肩書きみたいなモンです。

”菩薩”とは、『悟りを開くために修行中の仏さん』を表す一般名詞です。
地蔵以外に”菩薩”で、私たちの前に現れる有名な仏さんは、
”弥勒”や”観音”があります。これらの仏さんも修行中なのです。

”菩薩”に対して、『すでに悟りを開いた仏さん』は、
”如来”という肩書きがつきます。
例えば、”阿弥陀”や”薬師”、”大日”と言った仏たちが、
”如来”として有名です。

(ちなみに、造形上は、修行中の”菩薩”は王子時代の釈迦を
モデルにしているので、アクセサリーなどで着飾り、
悟りを開いた”如来”は、そういう欲が無くなっているので、
着流し姿で表現されます。
ただし、僧形で表現されることの多いお地蔵さんは、
この例外であると言えます。)

と言うことは、菩薩として有名な”地蔵”や”弥勒”といった仏たちは、
いつか悟りを開いて”如来”になり、
また、如来として有名な”阿弥陀”や”薬師”といった仏たちは、
かつて修行中は”菩薩”だった、と言う事になります。

でも、あまり『地蔵如来』や『阿弥陀菩薩』といった像を
拝むことはありません。それはなぜでしょう?

『お地蔵さん2』へ続く
(下へ読んでください)
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by maru_kyo | 2004-05-13 00:06 | マルの...